吉本隆明「少年期」

michimasa19372008-11-23





子どもの世界で、ネットを使った「いじめ」が、いま増加しているといいます。
近現代のこの100年、文明の発展と社会の変化は、子どもの世界を大きく損なってしまいました。
吉本隆明の少年時代は、戦前の昭和初期です。
そのころはそのころで、今ほど複雑な構造ではありませんでしたが、
いろんな不条理がありました。
吉本は、自分の少年の日を、黒い地下道に入っていくように思い出してこの詩を書きました。
 

           少年期
   

   くろい地下道へはいってゆくように
   少年の日の挿話(そうわ)へはいってゆくと
   語りかけるのは
   見しらぬ駄菓子屋のおかみであり
   三銭の屑(くず)せんべいに固着した
   記憶である

   幼友達(おさなともだち)は盗みをはたらき
   橋のたもとでもの思いにふけり
   びいどろの石あてに賭(か)けた
   明日の約束をわすれた
   世界は異常な掟(おきて)があり 私刑(リンチ)があり
   仲間はずれにされたものは風にふきさらされた
   かれらはやがて
   団結し 首長をえらび 利権をまもり
   近親をいつくしむ
   仲間はずれにされたものは
   そむき 愛と憎しみをおぼえ
   魂の惨劇にたえる
   みえない関係が
   みえはじめたとき
   かれらは深く訣別(けつべつ)している


   不服従こそは少年の日の記憶を解放する
   と語りかけるとき
   ぼくは掟にしたがって追放されるのである


仲間はずれにされた吉本は、権力を得ていくものたちの正体を見ます。
見えない関係が見え始めたとき、彼は彼らとは別の世界に生きていることを知ります。
彼らとの訣別です。
彼らの言うとおりに、服従する生き方をしない、
その結果、自分は追放されるだろう、
しかし不服従こそは、暗い少年の日の惨劇を解放するのだ、
吉本の生涯の生き方となりました。
非戦、反戦、不戦、この思想は、不服従の生き方から生まれます。
たとえば「武器を捨てて楽器を」という沖縄の喜名昌吉の運動もまた。


アメリカ次期大統領になるオバマに大きな影響を与えた故キング牧師は、
白人支配のアメリカで、奴隷解放の延長線上にある差別撤廃の闘い、
公民権を獲得する運動を「不服従」で行ないました。
いっさい暴力を使わない、インドのガンジーの思想です。
有色人種の公民権はこうした闘いによって勝ち取られました。
しかし、キング師は命を奪われました。
キング牧師の生き方は、その後も受け継がれていきます。
それがいまだ少数であろうとも。


かつての大戦を経て獲得してきた体験と思想と、平和憲法を持つ日本は、
世界のどの国よりも最も世界平和をリードし、貢献する条件をそろえている国です。
そのことを自覚しない、100年先を画く資質を欠いた政治家や官僚が、あまりに多く、
そしてそれを容認する民が、今の日本をつくっているのではないかと思います。