長崎平和祈念式典にイスラエルは呼ばない

 

 今日の長崎平和祈念式典には、100カ国・地域とEUが参加する。しかし、この式典に長崎がイスラエルを招かなかったことから、米英などの6カ国とEUの大使が欠席するという。アラブ、ガザを攻撃し続けるイスラエル、その執拗、陰惨な攻撃に世界の人々は批判と恐怖を覚えているが、アメリカはイスラエルを支え続けている。長崎平和祈念式を開催する長崎市はこの戦争情況から、イスラエルの招待を見送った。それに対抗して、米英は欠席を表明。この事態を朝日新聞は大きく二面トップで報じていた。

    そこに三牧聖子(同志社大国際政治学)が論を寄せている。

 

    「被爆地が体現している価値と、自らの政治的立場を優先するアメリカ、イギリスとの対立が顕在化した。特に、原爆を落としたアメリカの大使が欠席するのはおかしい。オバマ大統領時代から、『核なき世界』を掲げてきたのは何だったのか。

    米英は、ロシアの行為とイスラエルの行為は異なるとしている。確かにウクライナに侵攻したロシアと、ハマスの攻撃を受けて自衛するイスラエルとは事情が違う。だが、ガザでは4万人が犠牲になっている。

    『 市民の犠牲を二度と繰り返さない』というヒロシマナガサキの理念に照らし合わせれば、市民の大量殺戮を現在進行形で行なっている国はどこも式典に呼ばない、という形が筋が通る。市民の大量殺戮を現在も続く中、ロシアは批判するがイスラエルは擁護するという、米英のダブルスタンダードがここでも現れた。だからこそ被爆地が、あらゆる殺戮に反対するという理念を世界に示し続けることは、重要だ。」

 

 この意見が報道のなかに入っていたことは、救いだった。

 第二次世界大戦後の歴史をしっかりとふまえて考える必要がある。ナチスドイツの迫害から生き延びたユダヤ人はアラブの地で国づくりに着手した。初めに関与したのがイギリスだった。イギリスはこのアラブで、策謀の三枚舌外交をやった。そしてイスラエルが生まれた。その国づくりは戦争の歴史となった。平和共存は成し得ないで、イスラエルは領土を広げ、憎悪の応酬が続いている。

 どうすればいいのか。ついに核戦争に発展するのか。国連は無力だ。