未来を画いて実践する市民

 水田の向こうにしゃがんでいる男性がいた。じっと田んぼの水を見つめている。誰だろう。男はぼくを認めて手を上げた。秀さんかな、それとも平林さんかな。距離があって判別できない。ぼくも手を上げて応え、歩き続けてしばらく行ってから振り返ると、男は田んぼの向こうへ歩いて行って右に曲がった。やっぱり平林さんかな。
 翌朝、ウォーキングの途中、平林さんが家の前に出ていた。
 「きのう、田んぼに座っていたのは、平林さんでしたね」
 「ああ、わたし。稲の状態を見ていたのよ」
 観察していた田んぼは、種籾を直接播いたのだと言う。
 「あ、四国のあの人のやり方みたい? 土ダンゴに種籾を入れて、田んぼにパーッと投げてばら播いた、東南アジアでもその方法で農業指導をした‥‥」
 「あの人」の名前が出てこない。「ワラ一本の革命」を著した福岡正信だ。
 「いや、あの人は土ダンゴでしょ。私のは種籾をコーティングして、機械で直接播いていくやり方なんだよ」
 平林さんも「あの人」。
 「私のやり方は土ダンゴをつくる手間が省けるね。でも機械を変えるんで、田植え機が500万とすると、50万ほど高くなるね。そういう直播きのやり方で米作りをするグループをつくっているんですよ」
 そこに加入している人たちで、力を出し合って助け合っている。
 平林さんの道路上の講演が始まった。聴衆はぼくとラン。
 今、農業をしている人たちが後10年もしてみなさい。今のやり方で、農業できますか。苗代で苗を育て、田んぼに苗を運び、田植えをし‥‥、高齢化してですよ、やれますか。その時でもやれる稲作を考えていかなければ、実行していかなければ、社会はどうなります?
人口も減っているでしょ。日本の人口は何人が適切だと思います? 日本の18世紀から19世紀は3000万人前後で、その時がいちばん安定化していたんですよ。
 「日本は生まれてくる子が少なく、高齢者が増えて、その高齢者もこれからどんどん亡くなっていくとなると、社会が維持できなくなりますよ」
 「そう、だから10年先、50年先、100年先を考えて、手を打っていかなけりゃならんのですよ。人口が減っていくなら、それで成り立つ社会の仕組みにしていかなければならんのです。人口3000万人がいちばんよかったんですから、それで成り立つ社会構造にしていくのです」
 「相互扶助社会にしていかなければ、と行政も言ってますがね」
 「スローガンで言っていても、実行がなけりゃ、ダメです。今、この地域でも農地の圃場整備をしているでしょう。あぜで区切られた小さな田んぼを、合体して大きな一枚にして、機械が入れて効率をよくしていくのです」
 「平林さんのそういう考えをもっと伝え広げることができないですかね」
 市民がいろんな意見を話し合える場がつくれないものか。平林さんはTPPについても意見があるようだった。
 「私がこういうことを言っても、このあたりの人は、聞かないですよ。目先のことや自分のことしか考えない社会になっていったら終わりです」
 未来に向けてみんなの考えを出し合う場がほんとうに必要だと思う。偉い学者の考えを待っているだけ、国・政府・地方行政の方針を待っているだけ、それで未来の理想は実現できるか。
 「埼玉でしたか、保育園を作ろうとしたら近所の住民が反対して、つくれなくなったというニュースがありましたねえ。子どもの声がうるさいとか」
 末期現象だね。社会で子どもを育てようという考えなんかまったくない。
 平林さんの講演をもっと聞きたかったけど、途中で断念。
 「麦が今きれいですねえ」
 目の前は麦畑、麦が熟れている。麦秋だ。この麦の色のなんとも形容できない美しさ。黄金色でもなく、淡い黄白色のふくよかな色合い、この数日が最高に美しい。
 「この美しさを、農業をしていない人も分かりますか。美しいですねえ」
 農業をしていなくてもこの限りない美しさは感じる。農家の人は、あるいはもっと感じるものがあるのだろうか。