フランスの高校世界史の教科書

 

    ドイツに続いて、高橋源一郎著、「ぼくらの戦争なんだぜ」(朝日新書)は、フランスの高校世界史の教科書を紹介している。この教科書も700ページの大冊である。そこに『第二次世界大戦――過ぎ去らない過去』という章がある。要約すれば次のような内容である。

 

    1940年、フランスはナチス・ドイツに占領され、南半分にヴィシーを首都とする政権ができた。その政権は、ナチスに協力し、ユダヤ人を虐殺する。やがて連合軍の反撃が始まり、フランス国内にレジスタン運動が起きて、フランスは解放された。このヴィシーの記憶はフランス人を苦しめ続けた。自分たちは第二次世界大戦勝利者なのか、敗北者なのか、どちらなのだ。

    フランスの教科書は語る。

 「フランスは戦争の犠牲者を、国を挙げて悼んだ。しかしヴィシーの戦争の記憶は、心の傷を大きくし、その痛みは今日まで続く。フランスは内部分裂による精神的後遺症をなかなか越えられなかった。死者は55万人、うち17万人が軍人、収容所での死者は16万人、捕虜は4万人、ナチスによる強制労働による死者が4万人、収容所からもどった犠牲者の姿は、すさまじい衝撃を与えた。報復感情は悲しみの大きさを物語る。

 1944年から1946年にかけて、戦争勝利を祝う式典が多数行われた。歓喜と一体感から、『レジスタンスのフランス』という神話が生まれた。それは、国民の大部分はナチスに抵抗したとするものである。しかし、1947年以降、記憶の葛藤が現れた。ヴィシーの記憶が目覚めたのだ。フランスは、ドイツに勝った側に属していたという確信が大きくなった。

    1950年代から60年代は、戦争を覆い隠す時代だった。沈黙と忘却がのしかかる。ドイツとの和解が進んでいくと、ナチスの記憶とドイツ人の記憶が区別されるようになり、レジスタンスが個々の闘士によって重視された。

    1991年から1994年は、はれものからウミを出す時代だった。

    シラク大統領は、フランス国家の責任とその犯罪行為を認め、ユダヤ人への取り消すことのできない負債を認め、明言した。キリスト教会の悔悟がそれに続き、警察や多くの政府機関が謝罪した。

  「われわれは最後の証人が、一人また一人と消えていく時期にまで来てしまった。歴史の中の記憶を変えていく時に来てしまったのだ。すでに歴史の偽造者が真実の歪曲にとりかかっている。責任を薄め、消そうとする者がいる。数々の悲劇を経験してきた偉大な国は、真実を恐れる必要はない。遠ざかっていく過去の傷を明るみに出すのに、恥じることはない。フランス共和国がヴィシー政府の犯した罪の責任をとることはできないが、共和国は犠牲者たちに、できるかぎり最高の敬意を捧げなくてはならない。真実の教育と真実の司法の力こそがそれである。」(1992年 リベラシオンの記事)

 「この暗黒の時代はフランスの歴史を永遠に汚し、我々の過去と伝統への侮辱となっている。占領者の犯罪的な狂気をフランス人とフランス国家は後押しした。

 理性と人権の生まれ故郷というべきフランス、迎え入れ庇護する場所であるフランスが、そのとき取り返しのつかないことをしてしまった。人種差別的犯罪、歴史修正主義の擁護、それらは同じ源を持っているのだ。歴史の影の時代を、白日の下に引き出し、国家による過ちを認めること、それは人間を守り、人間の自由と尊厳を守ることにほかならない。それは絶えず攻め寄せる影の力と闘うことである。このたゆみない闘いは、私の闘いであり、あなたの闘いである。」(1995 シラク大統領の演説)

 

 高橋源一郎著、「ぼくらの戦争なんだぜ」を読みながら、ぼくは日本の現実を想う。

 では、日本の高校の歴史教科書は、日本の戦争の歴史をどのように書いているか、教員はどのように教えているか。生徒はどのように感想を抱き、思索を深めているか。

 私の高校時代、歴史の二人の教員は、日本史、世界史の近現代史を何一つ教えなかった。教えることができなかった事情があったのか、意図的だったのか。

 半藤一利さんが、日本の若者で、日本が戦争をしたことを知らなかったという人がいたと、驚きと慨嘆の声を発した記事をを読んだ。

 内田悟、「いったいどうして日本は戦争に負けたのか。誰がこんな愚かな戦争を始めたのか。その検証が、勝者による敗戦国への報復としてではなく、自国民による自国システムの瑕疵(かし)の点検という趣旨で遂行するべきだったのです。なぜ日本はこのような無謀な戦争に突き進んでしまったのか、その政策決定過程についての証人がおり、証言があり、証拠文書が残っている段階で、それを当事者の立場から冷静に検証することができたら、そのあと再建された日本の統治システムは今とはまったく違ったものになっていたはずです。」
 結局、日本は自ら敗戦の検証、戦争責任を徹底的に明らかにすることを怠ってきた。なおざりにしてきたのか、避けてきたのか。それが今の政治状況と民衆の意識をつくりだしている。
 徹底した民主主義を進めてきたドイツにおいてさえもネオナチは生まれている。そのネオナチと仲良く写真を撮っている自民党政治がいたというこの国。

 歴史を知らない者は国を亡ぼす。世界を滅ぼす。