人が転換するとき

 

 

 1921年アイルランドがイギリスから独立したとき、北アイルランドプロテスタント系住民が、カトリック系と対立した。

 1969年、両者の抗争は首都に広がり、泥沼化した。アイルランド統一を掲げる共和軍のテロが頻発、イギリスは軍を出して鎮圧に乗りだし、北アイルランド住民の意思を確認して、議会を設置して大幅な自治権を付与した。しかし対立、抵抗は続き、1974年、南北アイルランド、イギリスの三者で合同評議会を設置、両国の憲法にのっとり協調路線を歩みだした。それでも、紛争は続き、1993年、やっと事態は沈静化し、和平交渉が行われ、1998年、和平が合意された。長い対立と抗争だった。

 この抗争に身を置いてきた、北アイルランド生まれのヒュー・ブラウンが、2001年、「なぜ、人を殺してはいけないのか」を著した(幻冬舎)。彼は述べている。

 「アイルランド派とイギリス派の住民の間には、依然として根深い憎悪と不信感がある。どちらの住民も、紛争の犠牲者を出していない家族はほとんどない。だから完全な平和が訪れるまで、まだまだ時間がかかるだろう。

 北アイルランド問題は、30年におよぶ激しい抗争の歴史だった。それ故に、住民たちの心に巣くった憎しみは、一朝一夕に解決しない。どんなに時間がかかっても、互いの接点を探さない限り、完全な平和は訪れないだろう。北アイルランド問題は、宗教的な対立と思われがちだが、それは間違いだ。民族問題、土地の領有、政治問題から派生してきた紛争である。」

 ヒュー・ブラウンは過激なテロリストであり、戦士だった。その彼が劇的に変わったのは、刑務所の中で観た、映画「ベンハー」がきっかっけだった。彼に強烈な印象を与えたのは、キリストが十字架にかけられる場面だった。ゴルゴダの丘へ、イエスは十字架を背負って坂道を上がって行く。その時、ヒューは、自分が運ばれていくのを感じた。丘の上で処刑が行われ、ヒューは心の中で叫んでいた。キリストを殺したのは、この私だ。私は人に対して罪を犯し、神という存在そのものに対して罪を犯していた。

「私は罪というものに気づいた。」

こうしてヒュー・ブラウンの生き方が変わる。彼は宣教師になって日本にやってきて、阪神大震災に遭遇する。そこから彼は、破壊され、殺される者たち、侵略される者たちの側に立つ自分に、生き方に転換したのだった。