多民族混交国家

 

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机の引き出しのなかから、縦横6センチ、小さな小さな豆文庫、一冊が出てきた。

安曇野の民話 4 八面大王」

 

 こんな話。

    ▽    ▽    ▽

 むかし むかし 有明山の ふもとに

 八面大王と呼ばれる 強いおかしらがいました。

 村人たちは 平地ではお米を作り

 山ぎわでは馬をかって、豊かに暮らしていました。

 ある時、都から、

 阪上田村麻呂という大将軍がつかわされ

 この地を支配しようとしました。

 

 八面大王は 村人と力を合わせて

 暮らしていくことをのぞみました。

 

 ある夜 田村麻呂の夢に

 万願寺の観音様があらわれ

 33節の山鳥の尾羽でつくった矢で射れば

 八面大王を倒すことができると、お告げがありました。

 

 矢村の弥助の家に、お使いが来ました。

 山鳥の尾羽を差し出さないと、

 弥助は遠くのいくさに、かりだされるというのです。

 すると、弥助の女房は、

 「それならば 私 が33節の山鳥の尾羽を持ってきましょう。」

 と思い詰めたように言いました。

 

 弥助は

 女房が持ってきた尾羽で矢を作り

 田村麻呂に差し出したところ、

 たいそうな ほうびをもらってしまいました。

 

 ところが女房の姿が見えません。

 あとに 一通の手紙が残されていました。

 

 「わたしは 三年前 わなにかかったのを助けられた山鳥です。

 みなさん ありがとうございました。

 幸せに暮らしてください。」

 

 山鳥は恩返しに 尾羽を置いて、飛び去って行ったのでした。

 

 田村麻呂のはなった矢に、八面大王は傷つき、

 とうとう いくさに敗れてしまいました。

 それからというもの、春がめぐるたび、

 大王が戦ったとりでのあたりには、

 真っ赤な おにつつじが、咲くようになりました。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 この豆文庫の民話、創作だけれど、歴史が匂ってくる。

 古代の、阪上田村麻呂は、倭政権が全国支配をしたときの征夷大将軍

 むかし、信濃のあたりまで、古代は北からの民族が入り込んでいた。蝦夷アイヌ

 九州には、南からの民族が入り込んでいた。熊襲、隼人。

 そして中国大陸。朝鮮半島から、漢民族韓民族、モンゴル系民族が移り住んでいた。

 この列島は多民族が共存していたが、強い武力を持つ集団が支配を貫徹した。けれども、日本は、もともと多民族の混交国家であった。