地球物理学者、田所博士の弁。
「日本など、こんな国なんか、わしはどうでもいいんだ。
わしには地球がある。大洋と大気のなかから、もろもろの生物を何十億年にわたって産みだし、ついには人類を産みだし‥‥、自分の産みだし育んだそいつらに、地表をめちゃめちゃにされながら、なおそれ自体の運命、それ自体の歴史をきざんでゆく。
この大きな、しかし宇宙のなかの砂粒より小さな星。
大陸をつくり、海をたたえ、大気をまとい、水をいただき、
それ自体の中に、まだまだ人間の知らない秘密をたたえた、この地球。
わしの心はこの地球を抱いているんだよ。
この温かい、湿った、でこぼこの星を‥‥
あんなに冷たい真空の、放射線と虚無の暗黒に充ちた宇宙から、しめっぽい大気でやさしくその肌を守り、その肌の温みで、大地や緑の木々や、虫けらを長い間育ててきた、このなにかしらない優し気な星を‥‥
太陽系の中で、ただ一つ、子どもをはらむことのできたこの星を‥‥
地球はむごたらしいところがあるかもしれん。
だが、そいつらにさからうことは、あまり意味がない。わしには地球があるのだ。」
その前段に、こういう文章もあるのだ。東京風景。
「アルミニュウムとガラスの、巨大な本を立てたような高層ビル群が建ち並び、ビルとビルの二十階あたりを、道路をまたいで白い通路が縦横につないでいる。ビルの十階あたりを貫いて、高速道路が走り、巨大な百人乗りのヘリバスが騒々しく飛び立っていった。
この街は、上へ上へと延びる。地上を行く人は、しだいに日のささぬ谷間や地下に取り残され、じめじめした物陰で、何かが腐ってゆく。
古いもの、取り残されたもの、押し流されてたまってゆくもの、捨てられたもの、落ち込んで二度と這い上がれないもの‥‥
悪臭のガスを発散しながら、静かに崩壊過程をたどりつつあるものの上にはえる、青白い奇形のいのち、
この街は、いつまで変わり続けるのだろう?」
そして、日本各地で巨大地震、火山の噴火が頻発する。