俗化するということ

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 質問。次の文章は、いつの頃に書かれたと思いますか。

 

 「時勢と共に、山も変わり、登山も登山者も変わっていく。

  二十年間に、上高地が俗化したと言うが、それと同じ程度に、あるいはそれ以上に、我々の住まう都会もまた俗化したのではないだろうか。主観的に見た俗化も、客観的には、動く世相にすぎないのである。

 欲を言うならば、日本アルプスぐらいは、それ全体を早くから天然記念物に指定して、小屋を建てたり道を開いたりすることを禁じておけばよかったのかもしれぬ。しかし今となって考えるなら、国立公園になればそれでいいのだと思う。今日の山は、大衆の日常生活の一端にすぎないと解するほうが妥当なのだと思う。

 山はだれにとっても、いつになっても、登られてよいだけのものを持っている。けれども、若い、感激に満ちあふれていたころの私を知る人が見たならば、別人かと見まがうその足取りの、いかに重々しいことであろうか。」

 

 では、どの年代に書かれたと思いますか。

 次の年代のうち、どれだと思いますか。

 <1930年代、1950年代、1970年代、1990年代、2010年代>

 

 たしかに上高地は俗化しました。ところで、この「俗化」という言葉で表そうとしている事象は、かなり複雑なものがあります。「通俗」というと「一般的」で、「興味本位」で、「高尚」ではない状態を言います。

 日本は、人間の住むところ、手の及ぶところは、ほとんど「俗化」が進んでしまって、景観の美は、おかまいなしになってしまっています。

 

 では、この文章は、いつの時代に、誰が書いたものか。

 1934年(昭和9年)の、今西錦司の文章です。探検家、登山家、生物学者、哲学者、思想家の今西錦司です。今西進化論、今西生態学、今西認識論、今西世界観、などの言葉もあるほど、独自の論を考えました。

 1934年に発表した文章の中で、「二十年間に、上高地が俗化した」と書いているからには、1914年、すなわち大正3年ごろから、俗化が始まっていたということになります。このままでいけば、人類は滅びるのではないか、このテーマについても、進化論のなかで書いています。