「ひきこもりの国」  <4> 

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 ジーレンジガーは言う。明治以後の日本は政府主導で国のシステムをつくってきた。その中核に学校制度と教育があり、統制と訓育によって日本国民をつくることを貫徹した。そして強大な力を持つ軍国主義を育てた。

 しかし、日本という現実、世界という現実を正しく見ることができなかった日本は戦争に敗れた。そして戦後日本は、民主主義国家として再生した。が、日本の本質はゆらぐことなく、今度は世界市場での勢力拡大に突き進んだ。

 教育も本質は変わらなかった。男子生徒に軍服のような服を着せ、同じような学校に通わせ、同じような教科書で学ばせる。「逸脱者」は片隅に追いやられた。

 「逸脱者」のもつ創造性や非凡なひらめきが変化をもたらすかもしれないのに、才能ほとばしる独創的な独学者は居場所を失った。小沢征爾三宅一生など創造的な才能の持ち主の多くは環境を見つけるために日本を捨てざるを得なかった。

 

 教育は未来の社会をつくるために欠かせない。だが日本の教育行政はたぶん本質的には変わっていない。戦後、教育創造の波が澎湃として起きた。学校革命、教育革命を推進した人たちがいた。それでも体制としての教育は国家の統制のなかにあり、学校と教師の体質は変わっていない。

 

 「日本が根本的変化の必要性を認めようとしないのは、何かを失うのが怖いからだろうか。私には日本の生来の保守主義がさらに強化されているように思われる。日本人の多くは。個人には日本の針路を決めたり変えたりする力はないと思いこんでいる。互いに『仕方がない』とつぶやいて終わりである。

 2004年イラクで、三人のボランティア活動をしていた日本人が過激派の人質となった。解放されて帰国した時、彼らを迎えたのは国民の冷たい視線だった。空港で『自業自得だ』と書いたプラカードをもった日本人がいた。政府は三人に航空運賃6,000ドルを請求した。政府のスポークスマンは、危険だという政府の警告を無視し、多くの人びとに迷惑を掛けたとして三人を非難した。

 アメリカのパウエル国務長官は,『崇高な目的のために身を危険に晒した』と三人の活動を賞賛した。」