青年のころ、山へ行くとき、キスリングザックの大きなポケットに「山の詩集」を一冊入れた。
濡れないようにしてはいたものの、山行中には風雨に出会う。
新しかった詩集も雨水がしみこみ、ぼろぼろになり、
それでもそれを次の山行に持って行かないと、気が落ち着かなかった。
そこに次の岡本潤の詩があった。
山
日夜
北方の山に向ひ
山を見てくらした
幾星霜
山のうごきだす天然の奇跡をおもひ
じっと山を見てゐた
陽に映え
かげり
雲は流れ
雨にけむり
虹や
銀河や
電光や
嵐や
雪や
四時刻々
山は変幻万化した
だが
山はつひに大地とともにうごかず
四季星霜に変貌しつつ彼処じっとざしてゐた
ある朝 私は山に向ひ
おおいと呼んだ
山はこたへず
たちまち山の彼方から殷々と砲声が鳴りわたった
そうなのだ、「山の彼方から殷々と砲声が鳴りわたった」のだった。今の時代、再び
殷々と砲声が鳴りわたる日が来ないとは限らない。恐るべし。