理想を失わない

 

 

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 『ユートピアだより』は、ウィリアム・モリスが一八九〇年に発表したファンタジーで、ユートピアの実現は二百年後のロンドンだった。革命すでに成り、モリスが理想とする美しい野や川、安らぎの街や村、人々は嬉々として働き、芸術を楽しむ。人間疎外の文明、中央集権の権威主義は克服され、絶対的な安心感がある助けあいの世界が実現する。

 デザイナーだったモリスがなぜ社会について考え、行動するようになったのか。「僕らの社会主義」(国分功一郎・山崎亮 筑摩書房)でこんなことを述べている。

 今の日本は格差が目に見えて大きくなっている。現在の社会状況は19世紀に似通っている。そこで19世紀の社会問題に取り組んだ思想家たちの思想を研究すれば、僕らが直面している問題へのアクセスの仕方が見えてくるんじゃないか。

 フランスの思想家ルソーは、18世紀の旧体制のもと貧困の中で徒弟時代を過ごし、個人と集団の問題、孤独と連帯の問題に思想的にアタックした。その考えは今も生きている。

 モリスは、産業革命後のイギリス社会で日用品がひじょうに作りの雑なものになっていたことを嘆き、自ら工房を開いて芸術的価値の入り込む作品をつくった。機械で作った粗悪品を使っていてはダメだ、生活まで貧相になる、良質なものを使う生活を実現しなければならない、美しいものはつくった人が楽しみながら仕事した結果でなければならないと主張した。楽しく働いた結果としての美しい製品に囲まれた生活をなしとげよう。

 大正時代、モリスはよく読まれ、「芸術的社会主義」として受け入れられた。

 ロバート・オーエンは、10代で商店に奉公に出て、労働者の困窮を目撃する。成人して、 紡績工場の支配人となって、技術改良を進め、紡績工場の共同経営者となった。彼は労働者の生活改善やその子弟の教育に尽力し、工場に幼稚園をつくり、労働立法の制定に貢献した。 貧民階級救済のために協同主義社会の創設を提案したり、私財を投じアメリカに協同村を建設したが失敗に終わった。オーエンは地域社会全体を変えようとしたがうまくいかず、オーエンの弟子たちが徐々に成功を広げていった。オーエンの思想は、ナショナルトラスト設立に至る。それは日本にも入ってきて、環境保護や自然と歴史、文化の保護に実行されている。

 モリスと同時代、アメリカで、ソローが「森の生活 ウォールデン」を書いた。ものを持たないで、一人で森にすみ、美しい生活を楽しむ。日本でも多く読まれている。

 空想的社会主義者と言われながらも、理想を描いた先人がいた。理想を失わない、今のこの時代だからこそ重要なことだ。