星の話

立冬の昨夜、東の空にオリオンの輝くを見た。この冬初めてのオリオンだった。昴(スバル)はそれより西にほんのりとかすかに光る。九月に眺めたのは白鳥座カシオペア。今秋の初スバルは10月だった。むつら星(六連星)とも呼ばれているスバルの六つの星だが、ぼくの眼にはだんだんと見えにくくなって、ぼんやりそれらしく見えるだけだ。七つ目の星もあるというが、これは光が弱すぎてほとんどの人に見えない。スバルが見えにくいのは星の光が弱いこともあるが、ぼくの視力が衰えていることも大きい。清少納言枕草子で、「星はすばる」と書いた。平安時代の人々はどんな気持ちで、スバルを見ていたのだろうか。昔の人は視力が現代人よりももっとよかっただろうから、星の数も多く見えたことだろう。スバルは和名で、「統べる」から来ている。統一、すなわち個々のものが一つにまとまっているという意味である。古代の人も星を眺め、いくつかに名前をつけていたというのも不思議な感じがするが、あるいはそれは不思議なことではなく、むしろ現代人よりもよく星を見ていたであろうと思う。電気もなく、テレビもなく、明かりは月と星、そして焚き火や灯火、それが夜を照らした。スバルはプレアデス星団である。プレアデスの話はギリシア神話にある。7人の娘がいて、狩人オリオンに追われる。7人は、鳩となって天に上り、星になった。7人のなかの一人は人間の妻となったことをはずかしく思い、それで彼女の星だけ光が鈍くなった。
宮沢賢治の作品には、星がよく登場する。「よだかの星」、「銀河鉄道の夜」、賢治はプレアデスの話をもとにして「雁の童子」という童話を書いた。不思議な話である。哲学者・梅原猛は、この話に深い感動を覚えたという。空を飛ぶ6羽の雁が銃で撃たれて落ちる。いちばん小さい雁が生き残った。それが雁の童子であった。そこから話が始まる不思議な話である。
宮沢賢治の作詞作曲になる「星めぐりの歌」という素朴な曲がある。そこには、いくつも星座が歌われている。

歌われているのは、夏の星座である「さそり座」、「鷲座」、「子犬座」、「へび座」、冬の星座の「オリオン星団」、「アンドロメダ大星雲」、北斗七星を含む「大熊座」、北極星を含む「小熊座」、「そらのめぐりの めあて」は「北極星」。
賢治の作品には、賢治の銀河宇宙観が現れている。少年が銀河鉄道に乗って銀河系を旅する「銀河鉄道の夜」には、いろんな星座・星雲が出てくる。琴座、白鳥座、鷲座、インディアン座、さそり座、ケンタウルス座、南十字星、石炭袋、牡牛座、マゼラン星雲。
梅原猛はこんなことを書いている。
「賢治の世界観がわかり、賢治の言葉が十分理解されるようになるには、現在われわれの立っている近代世界観が根底で崩壊し、現代人が真剣に新しい世界観を求めるようになってからであろう。賢治の謎が完全に解かれるのは、二十一世紀という世紀を待たねばならないと思う。」
今すでに、二十一世紀である。