バベルの塔


 12月9日の新聞に池澤夏樹がおもしろいことを書いていた。ヨーロッパ文芸フェスティバル・国際文芸フェスティバル」の閉会式がベルギー大使館で開かれ、そこに参加したときのことを書いて、こういう思いをつづっている。
 「幼いころ、民族というのは天然自然の概念だと思っていた。しかし、長じて学んでみれば、これほど政治的なものはない。囲い込みの装置なのだ。世界という広い平原に無数の人がいる。そのあちこちに旗竿を立てて、青い旗や黄色い旗を掲げ、『青旗組、集まれ!』、『黄旗組、集合!』などと誰かが叫ぶ。お調子組はさっそく駆けつけ、のろまもいずれどちらかに引き込まれる。やがて旗竿で殴りあう。野蛮な話ではないか。‥‥
  先日ぼくは『官公庁がこぞって身体障害者の雇用数をごまかすような国に、パラリンピックを開催する資格はない』と書いた。最近になって道府県の多くが、『精神・知的障害者』に雇用の機会を与えていないことが明らかになった。為政者と経営者は、『普通の人間』というカテゴリーがあると信じて疑わない。だから生産性などという言葉が出てくる。しかし、この世界には『人間』しかいないのだ。
 文学は、エホバに逆らって壁を崩す営みであり、そこにこそフェスティバルの意義もある。」

 ここでなぜエホバが出てきたかというと、旧約聖書のなかに、人びとが天にもとどくバベルの塔を建てようとしたので、傲慢な人間に怒った神エホバは、言葉をばらばらにして異なる言葉に変えて人びとを分断し、塔の完成を妨げた、という話があり、しかし人びとは、耳の聞こえない人には手話をし、目の見えない人には点字をつくり、言語の分からない人たちには通訳や翻訳を介して、言葉の壁を崩して文学を世界共通の価値にしてきたことを言っている。
 十五年前、中国の本屋に入ったら、入り口の正面の平積みの台に、うずたかく村上春樹の著書が積まれていた。
 ベルリンの壁につるはしを振るった人たちがいた。ジョン・レノンは、歌イマジンで、「想像してごらん」と訴えた。
 だが、国家の壁を頑強にして、民族や国家の対立を深め、排除と隷属を強いる人びとがいる。